人工意識:脳のようなニューラルネットワークを作れば「意識」は生まれるか(2)

2016/12/24昼過ぎにNHK教育番組を見ていたら、「人工意識」なるものを作る研究を行っている大学教授が出ていた。最近の意識に関する研究の進展から、意識は脳全体の情報を統合的に取り扱うことで生成される事が分かって来たので、これを人工的にコンピュータ内に作る研究を進めている、と発言していた。

研究は多種多様な観点から進められるべきだし、このような研究が行われることに全く反対はない。いろんな人がいろんな観点から自分の信じる研究を進めればいいと思う。ただ、その際に注意してほしいことは、まだ分からないこと、解明されていない事は「まだ分からない、解明されていない」とはっきり言う事だ。

脳と同じようなニューラルネットワーク構造をコンピュータ内に作れば意識が生まれる可能がある、という発言は、人間は機械のようなモノ、と捉えた場合に単純に導かれる発想と言える。私はそんな発想は思慮が足りないと考えるが、それは前の記事でも書いた数学的処理の観点からだけでなく、知識獲得の本質的な観点からも重要な点を見落としていると考えるからだ。

マイケル・ポランニーという天才科学者・哲学者が書いた「暗黙知の次元」という本がある。10年ほど前に読んで深く感動したことを今もよく覚えている。その中に「あるレベル(次元)の機能を統合的に制御するには、それより上のレベル(次元)の機能が必要である」という内容の記述があった。例えば、自転車に乗るためには、下位レベルの機能である手足が動くだけではダメで、それらを統合的に制御する上位レベルの機能である脳が必要である、ということだ。脳が手や足の動きを統合的に制御して初めて自転車にうまく乗れるようになる。

これは脳の働きに焦点を当てた場合にも適用される。脳は、モノを見たり(画像認識)、聞いたり(音声認識)、計算したり(演算処理)する各機能を有しているが、これらをある目的のために行わせたり、制御したりする統合的働きをするのが意識である。ならば、意識はこれらの機能より高いレベル、高い次元の存在でなければならない。つまり、ニューラルネットワークで実施した画像認識や音声認識を統合的に制御する意識の役割は、同じ次元であるニューラルネットワークでは担う事ができないことになる。
次元が異なるということは、基本構造が異なることを意味しているので、意識がその役割を果たすにはコンピュータ内に構築する数学処理とは異なる構造が必要と考えられる。

このような観点からも、意識とは何かを考察することが重要だと思っている。

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