人工意識:脳のようなニューラルネットワークを作れば「意識」は生まれるか(1)

人工知能を研究している大学の先生の中には、人工知能の代表的な手法であるニューラルネットワークの結合数を人間の脳のニューロンの結合数並みに増やしていくと、量が質に変わり、人間のような「意識」がコンピュータにも現れる、と言う人がいる。

一般の人もこれに同調して、「なるほど、人間の脳と似たような人工神経回路網をコンピュータ内に作れば、人と同じような意識がでてきても不思議はない」と言う人が少なからずいる。

全く笑止千万だ。

コンピュータ内に作られたニューラルネットワークを支配するのは数学計算である。ディープラーニングの層数を現状の10層から1兆層に増大したとしても、数学的処理の層数が10層から1兆層に増えるだけで、そこに新たな生命体の息吹である「意識」が生まれることは決してない。あくまでもプログラム通りに1兆層の計算を行うだけであり、コンピュータに意識が生まれることはあり得ない。

たとえて言うならば、10+10=20 であるが、1兆+1兆=2兆 ではなく、数が大きいので量から質への変換が起こり、2兆+α(計算結果以外のモノ) が正解となる、と主張するようなものだ。数学において、この+α(計算結果以外のモノ)が発生する余地は全くない。

私はディープラーニングの画像認識プログラムや強化学習プログラムを全て自分で作成してきたので、人工知能が内部でどのような計算をしているかは全て把握している。そこで行う計算は四則演算(掛け算、割り算、足し算、引き算)である。\(\sin { \theta } \)や\(e^x\)や\(\sqrt {x}\)などの計算が入ることがあるが、これらもコンピュータ内では四則演算で近似されて計算されるので、コンピュータ内での演算は全て四則演算である。それゆえにディープラーニングで四則演算を1兆回行おうが、1兆の1兆乗回行おうが、数値計算の誤差は出るが、計算結果以外の何かである+αが生まれることはあり得ない。

もちろん、ニューラルネットワークの層数が1兆個に増えれば、とてつもなく複雑な処理が可能になり、人間の頭脳よりも繊細できめ細やかな処理や表現が可能になるであろう。まるで感情があるかのような発言や行動が出来るようになるであろう。しかし、それはあくまでもプログラム通りに数学演算が多数回行われた結果であり、計算とは別の「何か」「意識のようなモノ」が生成されたということでは決してない。

このような数学の基本法則からして、ニューラルネットワークの層数を人間の脳内のニューロンの結合数に近づけると「意識」が発生するなどという考え方は、まったく滑稽である。後日、別の観点からもこの問題について考察したい。

「人工意識:脳のようなニューラルネットワークを作れば「意識」は生まれるか(1)」への12件のフィードバック

  1. 感情や意識も突き詰めれば四則演算で出来ていると考えれば、あるいは否定できないかもしれません。

    1. コメントありがとうございます。私の考えは以下の通りです。
      突き詰めれば意識が四則演算で出来ているならば、ニューラルネットワークで意識が生まれるという答えになると思いますが、いくら突き詰めても意識は四則演算で出来ていないと私は考えています。
      私たちの意識は自ら考えることができます。自ら考えて、行動し、新しいものを作り出していくことができます。ところがコンピュータ処理(四則演算)はすでにプログラムされたことをただそのまま実行しているだけで、プログラムにない事を実行することは出来ません。ディープラーニングやAIと言われるコンピュータ処理も単にプログラムを実行しているだけです。一見、賢くて高尚なこと行い、意志や感情があるかのように振る舞うことができますが、それらは全てプログラムの内容を実行しているに過ぎず、そこから逸脱することは出来ません。そこに自由意思はありません。また自由意思が発生する原理もありません。
      一方私たちには意識があり、その意識ゆえに自由意思を持つことができます。自由意思を持つことができる故に、これまでにない発想や行動をすることができます。
      この点において、意識は人工知能(四則演算)からは出来ないと私は考えています。

      1. 一見正しいように見えますけどそんなに単純な話ではないと思いますよ。
        「自ら考えることができます。自ら考えて、行動し、新しいものを作り出していくことができます。」とありますけど昔ならともかく現代は胸を張って自由意志があると言えるような状況ではないと思います。
        リベットによる自由意志の存在に疑問を投げかける実験もありますし、そうじゃなくても我々が意志以外の遺伝や環境に多くを決められてるのは遺伝学や心理学が明らかにしてきたことです。
        あと意識についても同じようにそこまで確実にあると言えるものでもないかと。
        そもそも主観的な「意識」というものの存在をどのようにして客観的に証明するかは科学者関わらず哲学者も昔から悩み続けてるテーマですし。
        そういう意味では実は意識なんて思い込みに過ぎないという結論もあり得るわけです。
        あくまで個人的な意見ですが意識はコンピューターから生まれるか?についても結局は人間なんて原子の塊に過ぎないですし技術や知識が発展すれば生まれるということは十分あり得ると考えてます。

        1. コメントありがとうございます。
          「コンピュータから意識が生まれるか」については様々な意見があると思います。
          「結局は人間なんて原子の塊に過ぎない」と考えれば、原子の塊であるコンピュータも進化すれば人間と同じように意識を持つという結論は否定できませんが、私は「人間は原子の塊」だけでなく、これに加えて意識(精神)を持つと考えていますので、ここに出発点の違いがあると思われます。

          1. その精神というものは魂のような非物質的な実体という解釈でよろしいでしょうか?

          2. ご指摘のように、精神、意識というものを私は非物質的な実体と考えています。

          3. 「脳のようなニューラルネットワークを作れば「意識」は生まれるか」の2の3も読ませてもらいましたが、結局のところ「精神、意識というものが非物質的な実体」であるということを証明しなければ机上の空論に過ぎないのではないのでしょうか?
            実際科学者、哲学者関わらず貴殿のような実体二元論を唱える論者はほとんど存在してませんし、何より証拠が極めて薄弱、あるいは皆無です。

          4. ご指摘のように、「意識が存在する」という実体二元論に対し、今の科学による検証可能な証拠はありません。しかしそれは「コンピュータのニューラルネットワークから意識が生まれる」という主張にも同様に当てはまることです。
            私が大切だと考えているのは、ある仮定をおく事によりそれに関係する事象が矛盾なく説明できるならば、その仮定は真である可能性がある、ということです。逆に、ある仮定をおいてもそれに関する事象を適切に説明できないならば、その仮定は真でないことになります。
            私は「脳のようなニューラルネットワークを作れば「意識」は生まれるか」はその投稿1,2,3の理由により、真でないと考えています。

  2. 確かに「仮定をおく事によりそれに関係する事象が矛盾なく説明できるならば、その仮定は真である可能性がある」というのはその通りかもしれませんが、それはあくまでその仮定がある程度正しくないと意味がありません。
    仮定の部分が正しい可能性がある程度あるならともかく実体二元論に関しては正しいという可能性は極めて低いです。
    あと確かに「コンピュータのニューラルネットワークから意識が生まれる」ということに検証可能な証拠がないというのもまた事実ですがだからと言ってそれを否定するのに実体二元論を持ち出すのもおかしいと思います。
    意識は非物質的なものではなく物質的なものから生じてるという立場からでもコンピュータのニューラルネットワークから意識が生まれないということは主張可能だと思いますし、私自身はコンピューターに意識は生じるという立場ですが
    そういう形でコンピューターに意識は生じないという主張なら議論の余地はあるし科学的検証に耐えうると思いますよ。

    1. 私たちは電波が存在することを知っていますが、これは非物質的な存在です。また、重力もその存在を身近に感じることができますが、これも非物質的な存在です。重力は現代物理学をもってしてもいまだにその現象を説明できないと言われています。
      私は意識というものを非物質的な存在と考えていますが、その考えに世の中の多くの人たちが抱く「拒否感」を持っていません。「実体二元論に関しては正しいという可能性は極めて低い」とのご意見を持っている人が多いことは十分承知していますし、実はこの私自身が以前はそういう考えでした。しかし紆余曲折を経て今の考えになっています。多くの偉大な科学的発見が、当初は異端だとして相手にされなかったと語られています。実体二元論もそういう事例になる可能性があると考えています。

  3. 私も人工意識は作れない派です。
    まず、意識が物質ではないことは確かです。
    物質と物質をどんなに複雑に組み合わせても物質以外のなにかが生まれることはありません。もし「物質×物質=物質以外の何か」となるのであれば科学や物理の理論が根底からひっくり返ってしまいますし、人間の頭の中はファンタジーがまかり通る魔法の世界ということになってしまいます。
    またプログラムというものは情報処理のやり方を示した基本的には「手順書」です。
    「手順書」に従い情報を処理したら情報以外の「何か」が現れるなんてことも有りえません。もし有りえるのならCPUの中はファンタジーであり魔法の世界ということになります。
    そうなるといよいよ「精神」あるいは「魂」という物質でも情報でもないものが存在するのだと仮定するしかありません。

    1. コメントありがとうございます。
      「人工意識は作れない派」の方から初めてコメントを頂きました。私が考えてなかった新しい視点からのご意見で、参考になります。
      アインシュタインが発見した E=MC^2 という式は、左辺のエネルギーEは右辺の質量M×高速Cの二乗と変換できることを意味し、これに基づいて原子力エネルギーが作りだされていますから、そのような特殊な状況以外では、ご指摘の通りだと思います。

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